第159回芥川賞候補になった古谷田奈月さんの『風下の朱』のあらすじと、読んでみた感想です。
出版されている単行本は、『無限の玄』といっしょに掲載されていたので、そちらの感想も少し書こうと思います。
無限の玄/風下の朱
作:古谷田奈月 出版:筑摩書房
第31回三島賞をうけた『無限の玄』、芥川賞の候補作になった『風下の朱』がカップリングされた一冊です。
あらすじ
無限の玄
桂たちは、血のつながった者同士5人で構成されるブルーグラスバンド〈百弦〉を結成している。
ある日、桂の父である玄が、リビングの中央で倒れて亡くなっているのが発見される。
しかし、しばらくの後に桂は、縁側の椅子に腰かけて庭を眺めている玄の姿を目にする。
毎日死んではもどってくる玄に次第に家族の関係も変化していく。
風下の朱
新三島賞作家が鮮烈に放つ女子と野球の熱く切ない物語。
空っ風吹きつける群馬の地で白球を追う女子たちの魂はスパークする!
感想
無限の玄
男所帯で延々と家族を振り回してきた父親がぽっくりと死に、その死んだはずの父親が毎日生き返ってきます。
その中で浮き彫りになるそれぞれの望みや思いが家族を揺らがせていく様子は、なんだか胸が苦しいです。
そして、父の死と生き返りの中でいかに親に縛られていたかを自覚していく様子は、最近よく言われる毒親から自立し始める子供たちを思わせます。
父親を慕っていた甥っ子の思いもなんだかやるせない。
どこまでも女性を排した家族の中で、よみがえってくる父親の姿はなんだかヒステリックで女々しささえあります。
そして、家族とは呪いのようであり、支えのようであり…そんな気持ちになりました。
あと、増え続ける死体の処理をする警察はいったいどうしたのだろうか、本田はその状態についてどう考えていたんだろうかと、つい本筋と違うところを考えてしまいました。
風下の朱
あらすじで語られるような、「スパークする!」みたいな軽妙さは感じなかったです。
主人公の梓を通して思いつめて過度に張り詰めた空気を感じました。
侑希美の健康であること、病ではないことにこだわり続ける姿は少し怖いし近寄りがたい。
極端な潔癖さを求めるのは別の意味ですごく病的に見えます。
求めるものが極端に高すぎて目的地にたどり着けない、そういうかたくなさがあります。
遥は母や受け入れる性というものを象徴したものなのでしょうか。
古谷田 奈月(こやた なつき)
1981年生まれ。千葉県我孫子市出身。二松学舎大学文学部国文学科卒業。
- 2013年:『今年の贈り物』第25回日本ファンタジーノベル大賞『星の民のクリスマス』と改題しデビュー
- 2017年:『リリース』第34回織田作之助賞受賞
- 2018年:「無限の玄」第31回三島由紀夫賞受賞
- 同年:『望むのは』第17回センス・オブ・ジェンダー賞大賞受賞
- 同年:『無限の玄/風下の朱』第40回野間文芸新人賞候補
最後に
男性だけ、女性だけという物語なのにも関わらず全体的にどこか女性的なものを感じました。
なにかに固執する、バランスを欠いている、そんな感じです。
最期までするりと読めたので、また時期をおいて読んでみたいです。